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涙売りは、瓶に一滴ずつ涙を採取する。
それは楽器に擦り込まれ、天上の音楽を
奏でる。

彼女の涙は多くの音楽家たちに重宝され
求められるままクライアントの元へ
出向き、提供する日々が続きます。

その日々が一変したのは、彼女が恋を
したからでした。
身体の部位だけで音楽を奏でる楽団の
ひとり、身体中の関節を使って慎ましやか
な音を鳴らす男に。

その楽団につきそい、彼のために涙を
提供する彼女は…

玉ねぎの刺激で出た涙は粗悪で、
身体の痛みから出た涙は上質。
彼に一番純度の高い涙を捧げたい。

彼女の手が、彼の関節という関節に
淡々と涙を擦りこむ描写は
ひどく官能的です。

誰かに尽くすという行為は、一定の
ラインを超えると、自分の輪郭を
失っていくものなのかもしれない。

淡く曖昧になった輪郭が、
相手の輪郭に重なってとけていく。

自分を手放して、そのひとの一部に
なれるという幸福。



夜明けの縁をさ迷う人々 (角川文庫)夜明けの縁をさ迷う人々 (角川文庫)
(2010/06/25)
小川 洋子

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新潮9月号に小川洋子と岸本佐知子の対談
が掲載されています。
胸が躍るとはこのこと。

話題は小川洋子の動物をモチーフにした
連作小説集「いつも彼らはどこかに」から
岸本佐知子の翻訳作品「変愛小説集」
まで。

言葉を持たない動物のことについて、
小川さんはいいます。
野生動物は、自分の存在を周りに示したら
それは死を意味する。
ひっそりと生きるということが、
彼らの基本姿勢だと。

その在り方は人間とあまりにかけ離れて
いて、同じ生き物なのかと疑うほどです。

進化の過程で人間は言葉を使うことを
選んだけれど、逆にそこに縛られて
しまったように思うことがあります。
賑やかで時に空疎なコミニュケーション。

言葉のない世界のことを想像してみる。
そこには、嘘はないかもしれない。

わけのわからないトレンドニュースも
うすっぺらい板みたいな社交辞令も、
温度のないメールの返事も。

でも、お疲れさまも、ありがとうも
今日なにごはん食べる?もない。
おやすみも。

いっそ言葉なんてなければいいのに、と
憧れてはいるのだけど
心のこもった言葉は何にも代え難い
素敵なものです。

来世、猫になったら
どっちがいいかわかるかな。



新潮 2013年 09月号 [雑誌]新潮 2013年 09月号 [雑誌]
(2013/08/07)
不明

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静かに水をたたえた四角いプール。

私の弟は水泳の強化選手だった。
母は弟を愛することに命をかけ
弟が一流選手になるためなら何でもした。
父は広い自宅で時折骨董品の販売をし、
後は酒ばかり飲んでいた。

弟は一日も休まずにプールで泳いだ。
それ以外の時間は家のあらゆる隅にいた。
飾り戸棚の陰や、食器乾燥機と冷蔵庫の
すき間。彼の唯一の息抜き。

母の夢は年々ヒステリックに尖っていき
ついには自宅に小さなプールを建設した。
弟は黙ってターンの練習を続けた。
私は弟の美しい泳ぎを遠くからみていた。

そして15歳でアメリカ遠征が決まった
弟の左腕に、奇妙な異変が起きる…

本人には持ち重りするほどの才能。
小さな頃から期待を背負って生きると
いうこと。
長い時間をかけて追いつめられていく心。
それらがじわりじわりと描かれます。

母の期待は愛情に裏打ちされているから
彼は辛いと言えなかった。
代わりに、隙間に潜ることのように
ゆがんだ形で消化するしかなかった。
そう思うと胸が痛みます。

特別な才能は生き物のようなもので
それを乗りこなす力を併せ持つことが
必要なのかもしれません。

枠の中でひっそりと誰かを待つ凪いだ水。
鼻腔を支配する塩素の匂い。
世界がプールと自分だけになり、
静かに閉じていく。

彼は今でも、そんな場所にいるような
気がするのです。



まぶた (新潮文庫)まぶた (新潮文庫)
(2004/10/28)
小川 洋子

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うまくいえなくて淋しい思いをする
ことって、いっぱいあると思うわ。

ある葬儀に参列した主人公、私は
10年ぶりに中学校の同級生だった
K君と再会します。

そのあと、私はK君の家に招かれます。
K君は、中学校時代に図書室にいた
美しい司書の女性と暮らしていました。

そこで私は、時計が止まったような、
静謐で満ち足りたひとときを味わいます。

一方で私は、共に暮らす恋人、サトウの
平凡で現実的な性質に隔たりを感じます。
この男は私の話を全然理解しない、と
憎しみさえ覚えるようになるのです。

事実の向こう側にあることを
K君と司書の彼女となら共有できるのに。
私は二人との時間に惹かれていきます。

あるきっかけで、私は
中学校の図書室が5年前に火事で
全焼していたことを知ります。
そのとき死者が二人出ていた…

この物語は、注意深く読まないと
境目がわからないのです。
主人公の私は、いつのまにか
あちら側の世界に魅せられてしまいます。

ほんの少し何かが狂った瞬間に
そこから道は分かれる。
いつのまにか軌道修正できないところまで
運ばれていく。

紅茶が冷めない空間は、さらりと現実に
まぎれこんでいるかもしれません。

湯気がいつまでも消えないときは
向こう側に知らない海が見えたときは
どうかご注意を…



冷めない紅茶 (福武文庫)

 
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古めかしい、かつて女子寮だった建物。
地下室でひっそり作られる標本。

主人公、私は
過去から逃れるように街へ出て
標本技師の元で事務員として働きはじめます。

人々は、思い出が強すぎて
自分から切り離したいけれど、
どうしても処分できないものを
標本にするためにやってきます。

家族を亡くした火事の焼け跡に
生えてきた茸。
別れた恋人から贈られた曲。
飼っていた文鳥の骨。

毎日この靴をはいてほしい。
標本技師から美しい靴を贈られてから
ふたりの逢瀬は始まります。
タイル張りの、水の止まった浴室で。

その靴は私の足にぴったりと沿い
次第に境目を浸食していきます。

標本技師の冷たい眼差しと隙間のない抱擁。
私の心もまた、境目を失っていくのです。

囚われたままでいたい。
そう思うことは危険なこと。
けれどそれを上回るほど甘美なこと。

ふわりと埃が舞い上がり
棚に並んだ標本にやわらかな光があたる。

この美しすぎる物語には毒があります。
ご注意を。



薬指の標本 (新潮文庫)薬指の標本 (新潮文庫)
(1997/12)
小川 洋子

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