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紙の月、映画を観る。

静かで美しく、そして狂おしい時間の
経過が描かれていた。

夫との平凡で淡々とした日々を送る主婦の
梨花は、わかば銀行で外回りの営業として
働き始める。

彼女は重要顧客の孫である大学生の平林
光太と出会い、鮮やかな色付きの世界に
ざばんと飛び込む。
罪の意識も、過去も未来も全部振り切って。

ここから出たいと強く願って、いざ出て
みたけれど。

退屈でくすんだグレーの本物と、キラキラ
したシャンパンみたいな偽物ならどっちが
いいのだろう、と思う。
今この瞬間に確かな幸福が感じられる、
それは本当に嘘なのだろうか。
いずれにしても終わりは等しく訪れるのだ。

梨花が手にしているもの、手放したもの。
スクリーンでずっとそれを追っていると
きつくてたまらない。
それでもどうしてか逃げ切ってほしい、
と祈るような気持ちで観ていた。
彼女は私の自由も一緒に抱えて逃げて
くれているような気がしたのだ。

この物語は誰かがみた、多くのひとがみた
夢だ、そう思った。

梨花役である宮沢りえは、どんどんきれい
になっていった。
身なりにお金をかけたからだけではない、
中身が、彼女を形作る成分が、そっくり
変わっていくのを感じた。
終盤の彼女は美しい豹のようだった。
しなやかで妖艶で、全身から生気を発して
いた。

彼女が最後に手にしたものは何だったの
だろう。


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紙の月紙の月
(2012/03/15)
角田 光代

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夫と二人暮らし、穏やかな日々を送る
美津紀は、ある昼下がりに立ち寄った
書店で「世界の神さま一覧」という本を
見つけて、何気なく手にとる。

イエスや仏陀などの有名な神様と並んで
「清濁併せのむ神」という見出しで
紹介されている神さまに、美津紀は
目を奪われる。

スリランカのカダラガマ神殿に奉られて
いるその神さまは、良き願いだけでなく
悪しき願いも叶えてくれる。

美津紀はその神さまのことが頭から
離れなくなる。スリランカのガイドブック
を買い、夫にはじめて嘘をつき、
スリランカへひとり旅立つ。

私は呼ばれているんだ、悪しき願いを
かけたいわけじゃない、と何度も自分に
言い聞かせながら。

バスを乗り継ぎ神殿に着き、本殿に入ると
中央には布地が張られ、派手なポップ
アートのような神様が描かれている。
大音量で鉦と笛と太鼓の演奏が始まり、
神官たちが一列に入ってくる。
祈祷が始まる…

彼女にはどうしても祈りたいことがある。
神殿のすさまじい熱気の中で、彼女が
自分の奥底にある深い闇に向き合う姿は
なにかとても厳しい修行のようで
ひとときたりとも目が離せなかった。

すべての色彩が濃く、熱気をはらみ、
強すぎる感情の波に当てられて
読み終えた後、湯あたりのような感覚に
陥った。

さっきまで私もその本殿の前にいたような
気がする。鐘の音が頭にまだ響いている。
そして思う。
神さまがひとを試すんじゃない、
神さまを前にしてひとは自分を試すの
だろうなと。
あぁ…。


新潮 2014年 06月号 [雑誌]新潮 2014年 06月号 [雑誌]
(2014/05/07)
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学生時代から恋人同士の和歌と仙太郎。

一風変わったイラストを見出され、
大学在学中から幾つもの仕事が舞い込む
ようになった仙太郎を眩しいような気持ち
で見つめ、はやく結婚したい、彼を
サポートしたいと胸のうちで願う和歌。

和歌は自分にはやりたい事がない、と
うすぼんやりした気持ちで就職する。
あるとき祖母が物書きを志していたことを
知り、彼女が師事していた作家の私小説を
読んでいくうちに、和歌の心の中に
何かが生まれていく。

共に暮らすようになっていた仙太郎の
後押しもあり、和歌は小説家への道を
歩み始める…

才能はマグマのようなもので、全てを
飲み込んでしまうのだな、と思う。

仙太郎の才能が枯渇し、和歌のマグマが
沸騰する。
それは同じタイミングだった。

生活も家事もすべてを振り捨てて、
妊婦であることよりも書くことに没頭する
和歌を冷ややかに見つめる仙太郎。

やがて仙太郎は渾身の力で和歌を傷つける
のだけど、彼女への失望だけでなく
自分への失望までを乗っけて責める姿に、
うわぁ、男のプライドを粉砕すると
こんなふうになっちゃうんだね…と
引きながら眺めていた。

クリエイター同士の夫婦とか恋人同士って
どうやってバランスとってるのかな
と想像した。
誰が生活の部分を担うのだろう、と。

和歌には書き続けてほしいと思う。
別に女の幸せにこだわらなくても、
変人だとしても、思うままで
いいではないか。

その途方もなく熱いマグマとともに在れ。


私のなかの彼女私のなかの彼女
(2013/11/29)
角田 光代

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ある専業主婦が銀行でパートを始めて、
数年間で二億円横領して
タイに逃げるまでの物語です。

ひとの心の空洞とお金が結びつくとなにが
起こるのか。
お金の持つ魔力が存分に描かれています。

主人公の梨花は、わかば銀行でパートの
営業員として働き始めます。
比較的年齢層の高い、裕福な地域を
日々献身的にまわり、気づかぬうちに
顧客から絶大な信頼を得て、行内でも
高く評価されます。

夫婦の関係には微妙な影が差しています。
自分が上だということを皮肉な形で
知らしめる夫、なかなか授からない子供…

重要顧客のひとり、地主である老人の家で
その孫だという大学生の平林光太に
出会ったことがきっかけで、彼女の人生は
大きく舵を切ります。

光太からの恋情を感じ、戸惑いながらも
ふたりで食事をする仲になりますが、
映画監督を目指す苦学生の光太に
200万の借金があることを知ります。
それを自らの意志で肩代わりすることに
決めた梨花は、初めて偽の預金証書を
作るのです。
大丈夫、あとできちんと返せばいい、と。

それからの梨花は転がり落ちるように
散財を繰り返します。
光太とのデートのために服や靴を買い、
エステに通い、高級レストランで食事し、
ホテルのスイートルームに滞在し、
光太のアムステルダム行きの旅費を貸し、
残高が足りなくなればまた新たに
顧客をまわって偽の預金証書を手渡す…

彼女の姿は、光太に対する激しい恋情から
貢いでしまう哀れな女という像からは
微妙にずれていて、そこにリアリティ
を感じます。
もっと、もやもやと底知れない、なにか
巨大なものへの渇望が彼女の内側には
あります。
彼女がほしいのは万能感、自分が隅々まで
満ちていくその快楽。
そしてお金は、いともあっさりとそれを
実現するのです。

お金と交換することで、本当に何かを
得ているのだろうか、
と改めて考えさせられます。

ものを得た代わりに渇きを受け取る。
渇きは増幅し、同じ衝動を生む。

お金にできることには限度があるよね…
でもじゃあ、どうすれば?


紙の月紙の月
(2012/03/15)
角田 光代

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テーマ * オススメの本 ジャンル * 本・雑誌

 

 

 

 
源氏物語、第5帖。
最愛の女性、若紫との出会いの物語を
名手、角田光代がリメイクします。

遊廓の下働きをして暮らす少女、若紫は、
遠い都から来た大金持ち、源氏に出会う。

初めて源氏に頭を撫でられたときの、
とろけそうなほどの恍惚。
若紫は日々祈るようになる。
私ヲココカラ連レ出シテ。ハヤク。

願いはじきに叶うことになる。

彼女にはわかっている。
源氏が自分を通して、
他の誰かを見ていることを。
自分がそのひとに、そっくり
仕立て上げられようとしていることを。

この男は狂っているのかもしれない。
けれどそれが何だっていうのだろう?

彼女は源氏の前で少女のふりをし続ける。
その他大勢の女の一人にならないように。
注意深く、無邪気を装って。

ひたひたと、妖しく不気味なものに
包囲されていくような怖さを感じます。
逃げ出したいのに許してもらえない。
読み進めるしか選択肢はないのです。

若紫は少女の姿をした狡猾な女で、
目的のためなら手段を選ばない。
一方で源氏からは、得体の知れない
危うさがゆらりと透けて見える。

このふたり、双方の利害が一致している…
それに気づいたとき、
ぞっと背筋が寒くなってしまいました。

恋という名の、
うす桃色の羽衣をぴらりと一枚はぐと、
そこにはどろりとした真っ黒な闇。
ああ。



ナイン・ストーリーズ・オブ・ゲンジナイン・ストーリーズ・オブ・ゲンジ
(2008/10/31)
江國 香織、松浦 理英子 他

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