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芥川賞を受賞した藤野可織が、堀江敏幸と
対談しています。

受賞作である爪と目は、不思議な手触りの
する小説で、独特な二人称で語られる
その文章から立ち上ってくる何か…例えば
匂いのない煙、藍色と灰色がランダムに
混ざった膜のような気配を感じたのですが
その正体はよくわからなかったんです。

それを堀江敏幸が分析していて、
ひとつの曲の中で速度の違う複数の
トラックが流れている。音声が二重で
聞こえてくる感覚…と表現します。
ああ、なるほど、と思いました。
クリアじゃない。

それは藤野可織の意図したところでも
あったようです。

最初からクリアなら手を突っ込む必要は
なくて、よくわからないから覗き込んだり
掴んで手触りを確かめようとする。
クリアじゃないものの魅力はそこだな
と考えていました。

興味深いやりとりをもうひとつ。

藤野作品はホラーと評されることが
多いらしいのですが、本人は怖いものを
書いているつもりはないとのこと。

それに対して堀江敏幸はいいます。
そのものが怖いんじゃなくて、怖いと
感じてしまうこちらのアンテナの歪みが
怖い。

その複雑に歪んだアンテナの先端を
あと一センチ左にねじったら
何が見えるようになるのか。



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ハヤシさんはなんでも持っている。
私のイメージです。

才能も華やかさも富も名誉も女性としての
成熟した魅力も夫も子供も。

当たり前だけれど、ぼんやり暮らしていて
そのすべてが手に入るわけがありません。

ハヤシさんには巨大な野心がある。
だからこそ、大変な説得力があります。

人には生まれ持った自己顕示欲の量が
ある、とハヤシさんはいいます。
MAXを100として、手持ちが20のひとは
専業主婦に向いている。こじんまりとした
世界で夫や子供からの感謝や賞賛で十分。
例えば70のひとが専業主婦になった場合が
大変で、欲求不満を爆発させてしまう
ことになる。
(ちなみにハヤシさんは130だそうです)

自分を満たす器のサイズを正確にとらえ、
身を置く場を読み間違えないのが大切。

わーかーるー!!
ヘッドバンキングしそうなほど私は
頷きました。

そういえば子供の頃から野心あったなー
と思いつつ自分の数値を計測してみると、
メーターは85でピタリと止まりました。
なんか納得。

たまに目的を見失ったとき、
ふっと失速して無気力の海をさまよう
状態が続くことがあるのですが
それは85の自分を持て余しているんだな…
と、妙に納得してみたり。

人に何かをしてもらうのでは、
本当の意味で器は満たされない。
自分で動いて得るものでなければ。

これは仕組みなんだ、と思ったんです。
気づいたひとは早々にスタートダッシュを
切っている。
トラックの向こうの背中を追うために、
急いでゼッケンをつけなおす。



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猿と鮭はよく干され、職人に太い木綿糸で
縫われる。それは渋柿の壺に漬けられて、
乾くまで天井から吊るされる。

徐々に糸は目立たなくなり、
それは猿と鮭であった頃の記憶を忘れ
人魚の自覚を持ち始める。

完成した干物の人魚たちは桐箱に詰め
られ
遠く西の国へ向けて船で運ばれる。
不老不死の薬として。

干物の人魚たちは波に揺られながら
海に住む生きた人魚に宛てて
音のない歌を歌う。

生きた人魚も干物の人魚も、同じイメージ
を共有している。
生きた人魚たちは歌に共鳴し
大きなひとつの塊となって船を襲う。

海に落ちた干物の人魚に水が染み込む。
やがて螺鈿のような鱗を取り戻し、
つるりと生き返る…

印象的なストーリーです。

一斉に音のない歌を歌う、個体を超えて
ひとつのイメージを共有するなんて
すごくいい。(うっとり)
私もその歌が聴こえるといいのに。

この物語は一匹のできそこないの人魚の
半生が描かれています。
我は誰なのか。人魚は問い続けます。

以前は、意識がすべてを統制していて
それが行動や自我をつくると思って
いたんですよね。

でも、最近はそれだけじゃないなと。
脳や意識が支配できるものは実はわずかで
手足から、行動から影響を受けるものは
意外なほど大きい。

短い物語ですが、とろけるほど美しい
寓話とアイデンティティの作られかたが
ミルフィーユみたいに重なって
読み手の心を贅沢にかき乱すのです。



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僕の彼女のマンションは、駅から
徒歩25分の、暗い道のりの先にある。

彼女のうちに遊びにいくときのお土産は
決まっている。
ニュージーランド産の、500グラムで
13000円もする高級蜂蜜の瓶。
彼女の大のお気に入り。

美しくお洒落で申し分なく素敵な彼女は
いつも紅茶に蜂蜜を垂らして飲む。

道すがら、僕はたまに通り魔をする。
蜂蜜の瓶を、お店の紙袋からコンビニの
ビニール袋に入れ替えて。

だって、逃げろ!と声がするから。
僕は背後から見えない暗殺者に追いかけ
られているから。
捕まるわけにいかない、全速力で逃げる
しかないだろう?

主人公の独白で物語は始まります。
ほどなくしてこの男は狂っているんだと
わかるのですが、
そんなとき、一度深呼吸をします。
固唾を飲んで見守る態勢を整えるために。

男の行動には本人なりの秩序と法則があり
冷静とすら感じるのですが
ひとの頭を殴った蜂蜜の瓶を彼女に贈る、
おとなしく溶け込んだ狂気が逆に怖い。

彼女のことは大事に思っているんだな、
でも他人はただの獲物なんだな、
この境目の断絶は何だろうと考えて
いました。

常識が体に染みていない?
正義や善悪の概念が欠落している?

物語の最後に起こるシーンは
いいようのない金色の気配に満ちていて
強く胸を揺さぶられるのです。

愛と畏怖と後悔と解放と涙と無垢と。



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劇作家の依田は、自身で手がけた舞台の
パリ公演の後、成田からの高速道路で
自動車事故に遭い、重傷を負う。
そして恋人だった女優、凉子を失くす。

依田とつきあいのあった作家の大野は
彼の妻から、事故後2年の間に彼自身に
起こった信じ難い奇妙な話を聞く。
そして、その話を小説にしてほしいと
依頼を受ける…

依田は時間が伸び縮みする世界に行って
しまったのです。
すべてが早回しのように過ぎて行く世界、
逆に地を這うようにゆっくりと進む世界。

時間の自由が利かなくなった依田は
考えます。
時間は、まだか、丁度か、もうかの
3つの姿をしている。

読み手はいつのまにか彼と同じ疑問に
囚われていくのです。
私の時間軸と他人の時間軸は同じなのか?

無数の桜の花びらが、宙に浮いている。
春の午後、依田は公園のベンチで
わずかに落下する桜の姿を見上げながら
依田は唯一性と交換可能性について
思い至るのですが
そこで私の時間も止まってしまいました。

とても重要なことが示唆されている
気がして、今もずっと考え続けています。

物語の中には、何度もはっとするポイント
があり、さかのぼっては立ち止まる。
難解だけれど、読み解きたい。
深く思索したい方はぜひ。



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